2008年06月02日

ハンドウイルカ

手のイルカ?

ハンドウイルカ(半道海豚、Tursiops truncatus (Montagu, 1821))はクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科ハンドウイルカ属に属するイルカである。一般的にはバンドウイルカと呼ばれることも多い。最も良く知られたイルカの一つであり、北極圏および南極を除く世界中の海に生息する。「イルカ」と聞いた時にまず思い浮かべるのが、このハンドウイルカであろう。

概要
ハンドウイルカはほぼ全身灰色であるが、詳しくみると、背びれの先端の辺りの濃い灰色から、お腹にかけての明るい灰色にまで変化している。お腹はほぼ白である。この配色のため、水中を泳いでいる時には、上方向からも下方向からも見つけ難いようになっている。英名であるBottlenose(瓶のような鼻)は伸びた上下の顎の形に由来する。しかしながら本当の鼻孔 (Nose) は頭の上にある噴気孔である。ハンドウイルカの顔は「笑っている」ように見えることも多い。

成体の体長は2mから4m、体重は150kgから650kgである。平均的には雄は雌よりも若干長いが、体重にはかなりの差があり、雄の方が重い。大きさは生息地によってかなり異なる。比較的暖かい浅い海域に生息する群は、冷たい遠洋で暮らす群に比べて、小さい。例えば北限に近いスコットランドのMoray Firthにおける平均は4m弱であるのに対し、アメリカのフロリダでの平均は2.5mであるに過ぎない。また、冷たい海域で暮らす群は、深くまで潜水するのに適すように、身体および血液中の脂肪の割合が比較的高くなっている。

尾びれと背びれは高密度の結合組織でできており、骨も筋肉もない。尾びれを上下に動かして泳ぐ。両脇についている一対の胸びれは方向を制御するのに用いる。胸びれには骨がある。これは陸上で生息する哺乳類の前肢と相同である。ハンドウイルカを含むクジラ目の動物たちは、約5千万年前、陸上で生息する哺乳類から進化したと考えられている。

和名のハンドウイルカ(半道海豚)は、北九州から能登方面で呼ばれていた名前である。「半道」とは「中途半端」という意味とされるが、歌舞伎用語の「半道」からくるという説もある。バンドウイルカという別名は、1957年に海獣類研究家の西脇昌治によって名づけられたものである。

2006年10月、和歌山県東牟婁郡太地町の沖合の熊野灘で腹びれのあるハンドウイルカが見つかり、世間の注目を浴びた。これはイルカの祖先が陸上生活していた名残であり、突然変異で出てくるのは1%未満であり貴重な事例である。

行動
ハンドウイルカは「泳ぎの達人」と称され、その遊泳力は高く昔から人間の羨望の対象とされてきた。通常は5km/hから11km/h程度の速度で泳ぐが、短時間ならば45km/h程度の速度で泳ぐこともできる。また65km/hで航行する高速船と競ってさらに速く泳いだという目撃情報もあることから、瞬間的には70km/h近い猛スピードを出す個体もいると考えられる。時速では82km/hをマークするシャチには適わないが、制動力やジャンプ力等は身体が小さい代わりに体重も軽く慣性も小さいハンドウイルカの方が優れている。

呼吸は、水面から頭部を露出して、頭頂にある噴気孔で行う。 通常は1分間当たり数回程度の呼吸を行うが、5分から8分程度の連続潜水を行うことも可能である。 ハンドウイルカの睡眠は非常に浅く、睡眠中は脳の半分は眠って残り半分は覚醒し、それを交互に切り替えながら泳ぎ続けるという説が有力である。

通常はポッド (pods) と呼ばれる最大12頭程度から成る群を単位として行動する。 このポッドは社会的な基本構成単位であり、長期間継続的に持続される。 母親イルカたちとその子供たちで構成されているというのが典型的なポッドである。 複数のポッドが集まって、100頭かそれ以上の多数の群を成すこともある。 雄は通常は単独、あるいは2?3頭で行動するが、短期間だけポッドに加わることもある。

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ハンドウイルカは人懐こく好奇心が旺盛な性格であることが良く知られている。 潜水しているダイバーのまわりにハンドウイルカが集まってくることは珍しくない。 傷ついた仲間を助けようとする行動は知られているが、傷ついたダイバー(人間)を助けようとして水面へ持ち上げようとすることもある。 2004年11月、ニュージーランドにおいて次のような劇的な出来事があった。 ワンガレイ (Whangarei) 近くの沖合い100mの地点において、伝えられるところによると3mのホホジロザメが3名のライフガードに接近してきた。 ライフガード達に対する危険を察知したハンドウイルカが集まり、40分間、サメの攻撃から護るかのように彼らを取り囲み、ライフガードたちは無事に海岸に戻ることができた[Thomson04]。 ただし、溺れていない人間を沖へ運ぼうとして危険な目に合わせたという事例もあるので、上記の例を意図的に人助けをしようとしたと解釈するのは間違いであり、むしろイルカの持つ習性に基づいたものであろう。

さりとて、ハンドウイルカも捕食者であり、非常に攻撃的な面も有する。 雄はランク付けや雌をめぐって闘うこともあり、繁殖期には頭突き (Head Butting) などの行動により、強さと大きさを誇示して雄同士が非常に激しく争う。 また危害を加えようとしてくるサメと戦闘することも知られており、大型で獰猛なホホジロザメを単独で攻撃し殺害してしまったという記録も多く、笑ったような顔で人懐こいこのイルカも獰猛かつ好戦的な態度も併せ持つことも事実である。 しかし、むやみに人間を攻撃したりすることはない。

ハンドウイルカの雌の寿命は40年程度である。 雄は雌に比べるとストレスも多く、雌よりも短命であり、30年以上生きることは稀である。
(以上、ウィキペディアより引用)

イルカって賢いんですよね!

2008年04月02日

現代音楽とは。

どういう説明の仕方?

現代音楽(げんだいおんがく)とは、西洋クラシック音楽の流れにあり20世紀後半から現在に至る音楽を指す。ただし他の時代の西洋音楽史の区分のように、様式によって区分されたものではない。現代音楽は調性をはじめとする従来の音楽様式を否定した前衛的な音楽を指すことが多い。

現代音楽という言葉が一般的に指し示す範疇にとらわれない、ポップやジャズ、ロックなど現代における音楽全般については、現代の音楽の項を参照のこと(隣接他分野の音楽については後述)。また地域別の動向も参照のこと。

総論
20世紀以降のクラシック音楽は、時代的に見て大まかに近代音楽と現代音楽に分けられる。近代音楽と現代音楽の境界をどこに設けるか、統一的な見解はない。場合によっては近代音楽と現代音楽の区分を設けず20世紀初頭からのクラシック音楽の流れを現代音楽ととらえる考え方もある。しかし一般的には第二次世界大戦をもって近代音楽との境界とし、戦後を現代音楽として取り扱うことが多い。

ただし、戦前でも新ヴィーン楽派、バルトーク、ヴァレーズ、アイヴズなど一部の先鋭的な作曲家や潮流は現代音楽に含む意見もある。
さらに、新ヴィーン楽派の無調以降だがしかしヒンデミットやオネゲルらの後発音楽は近代とみなす、または逆にブーレーズのようにドビュッシ?の「牧神の午後への前奏曲」をもって現代音楽は始まったと言う人もいる。
本項では、特に記述すべき事項のみ戦前も扱うが基本的には戦後からの記述とし、19世紀末あるいは20世紀初頭から1945年までの事項については近代音楽の項に譲ることとする。

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本項で取り扱う第二次世界大戦後の音楽は、一般に1960年代末ごろまでが「前衛の時代」とされる。

この時代は、戦前においては最も前衛的な語法とされていた十二音音楽が多くの作曲家によって取り上げられるようになり、またその十二音音楽の理論をさらに発展させたトータル・セリエリズム(セリ・アンテグラル)、電子的な発音技術を取り入れた電子音楽や録音技術によるミュジーク・コンクレート、サイコロやくじなどランダムな現象を取り入れ、あらかじめ決定された意思としての音楽を否定した偶然性の音楽、音域の密集したたくさんの音を塊のように同時に鳴らすトーン・クラスター、わずかな音形を執拗に繰り返しながら徐々にその形を変えるミニマル・ミュージック、楽譜でも図形譜や言語による楽譜など、それまでの音楽史の諸様式の範ちゅうを大きく塗り替えるさまざまな音楽が登場した。

また、「楽譜そのものを芸術としてみる」概念もダダの時代に開発された。

エルヴィン・シュールホフの「五つのピトレスケ」の第三曲は、全く意味をなさない顔文字と休符だけで全曲が構成された最初の音楽作品である。
同時期にアルフォンス・アレーの「耳の不自由なある偉人の葬儀のために作曲された葬送行進曲」という空白の小節のみで書かれた作品もある。
ジョン・ケージはこれらの作品を知らなかったにもかかわらず、後年独力で無音の「4分33秒」を書き上げることになった。
ディター・シュネーベルの「モノ」は本を見て音楽を感じる本・楽譜であって演奏するものではない。
最近ではデスワルツのように、前衛の時代の図形譜のパロディがインターネット上で話題になることもあった。
1970年代(一説には1968年)以降のいわゆる「前衛の停滞期」以降は、調性感および音楽が喚起させる感情の復権を目指した新ロマン主義や新しい単純性など、過去の音楽への回帰をめざすマニエリスムと呼ばれる風潮が強まった。

しかしさらにそれへの反動として西ヨーロッパを中心に、聴き手により複雑な事象の認識を要求させる新しい複雑性やポスト構造主義、音波を科学的に分析して音楽に応用するスペクトル楽派など、エクスペリメンタリズムの音楽と呼ばれる前衛的な作曲傾向も見られる。

このように様式は様々であるが、それまでのクラシック音楽の常識であった調性(協和音)的な音響や規則的なリズムなど、一般に認知されている音楽言語から大きく逸脱したものが多い(ただしマニエリスムの音楽はその逸脱からの帰還を目指している)。

そのため一般的なイメージとして「聞きにくい」、「わけがわからない」などネガティブなものが多く、好んでこれらの音楽を聴く層はある程度限られる。しかし、芸術や人文科学の進歩としての活動、文化教育的な活動として、周辺芸術や人文科学関係(哲学など)にかかわる芸術家、学者、また愛好家たちを中心に、新たな音楽を求める活動を支持する厚い層が存在する。演奏家や演奏団体も、自分たちの演奏表現として新たな音楽の発信にかかわりたいという考えから進んで現代音楽を取り上げる奏者も多い。また各国の文化政府や、芸術を支援する財団、あるいは公共放送局などからの保護と育成も受けており、作曲家たちの活動を支えている。

作曲家たちもまた、それらの知性の積み重ねと進歩に対して自らの新しいメッセージを付加すべく新たな音楽を開拓し発信していくことで、それらの文化的あるいは経済的な支援や聴衆の期待に応えている。聴衆の期待に応えるということは決して聴衆の好みに合わせて作風を曲げたり必要以上にわかりやすすぎる音楽を作るということではなく、作曲を通しての知性への問題提起という行為によって果たされるのである。

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また現代音楽の分野は、現代美術など同時代の他の芸術の分野とも無縁ではなく、並行しながら動いている。近代音楽が印象派絵画に触発されたように、ジョン・ケージはロバート・ラウシェンバーグをはじめネオダダ、フルクサスの芸術家など多くの現代美術家に影響を与えた。フルクサスに所属した芸術家は音楽家や美術家、詩人など多数のジャンルにまたがり、たとえばビデオ・アートのナムジュン・パイクも当初は現代音楽家であった。ミニマル・ミュージックやミニマル・アートなど、ミニマリズムも音楽と美術で同時期に起こっている。1970年代以降のサウンド・アートやメディア・アートなどでも、両者の共同作業が行われることは珍しくない。
(以上、ウィキペディアより引用)

と言ってもクラシックね!